経済学とは †
経済学の定義 †
ライオネル・ロビンズによる定義(トマス・ソーウェル著『入門 経済学』より)によると、
経済学は、代替的用途(他の使いみち)を持つ希少な資源の利用に関する研究である
となっている。まず、この1文に出てくる言葉について触れておこう。
- 希少性
- 別にダイヤモンドや金のことを言うわけではない。およそこの世に存在する資源は有限なのに人の欲望は無限なので、自然に希少なものとなる。
- (代替的用途との間の)選択
- 希少性が存在する時にはいつも人はその資源を使う(食べる、ものを作るための材料にする等)かどうかを決定する必要がある。その資源を用いる時には他の何かを使うのをあきらめないといけないからである。例えば、ある学生が経済学の講義に出れば、その時間に他の講義には出られないし、バイトにも行けない。
よくある誤解とそれに対する答え †
- 経済学って金儲けするための学問ですか?
- もしそうなら、経済学者は皆大金持ちでしょう*1。少なくとも私は違います。これは別に「私がへっぽこだから」と言うわけではありません。
- じゃあ、役に立たないですね。
- 金を稼ぎたいならまず働いてください。経済学でよく言われることの一つに「フリーランチはない」というものがあります。そもそも、「役に立つ」って何です?ちゃんと考えたことがありますか?もしないのなら、今すぐ経済学でも勉強して考える癖をつけましょう。脳みそは使った方がいいですよ。それに、全ての学問はあなたのために存在しているのではありません。まあ、儲かる方法が全くないわけでもありませんが、それはまた後で(多分、雑談中に)。
この手の質問はどこでもFAQなのか、経済セミナーという雑誌でも「役に立つ経済学入門」という特集を掲載しています。以下のタイトルに心ひかれた方は図書館(山大なら小白川の)で読んでみるといいんじゃないでしょうか。
- 恋愛で成功するための経済学
- 低消費時代を豊かに生きるための経済学
- 企業の将来性を見抜くための経済学
- 賢い消費者になるための経済学
- 禁煙社会づくりに経済学は貢献したのか
- 経済学が政策的に何か貢献したんですか?
- ダイアン・コイル「ソウルフルな経済学」では、経済学研究によって人々の生活が改善した分野として以下を挙げています(P.360-)。
- 輸送プロジェクトへの投資評価と効率的な価格体系の策定
- 入札(効率的な資源配分や政府収入の増加)
- 金融政策(インフレを安定化させてくれる)
- 地球温暖化ガスの排出権取引(排出量が減少する)
- 競争促進政策(価格引き下げや企業の効率化をもたらす)
- 不完全情報の元での契約手法(よりよいサービスの提供や利潤の増加をもたらす)
- 経済学者って株価やGNPを予測するのが仕事ですか?テレビでやってますが当たりませんよね。
- 競馬の予想屋と一緒にしないで下さい*2。そんなぴったり当たるんなら、予言者にでもなって民衆を神の国へでも導くでしょう。それに、GNPとかを考えるのは主に「マクロ経済学」や「経済成長論」を専門にしている人たちですし、株については「ファイナンス」の人たちです。それ以外にも経済学の中には様々な分野があります。株価予測については「株価はランダムウォークに従う」と言われています。ですので、短期的にはどうなるかわからない(将来の正しい予測は今の株価)というのが答えになります。もちろん、理論価格は出せますので、長期的にはどんな風になるかを言うことは出来るでしょう。
- 「金銭では計れない豊かさもある」ってどこかの本に書いてあるんですが。
- 経済学を学ばずにそんなこと言って欲しくないですね。その人の言う「豊かな生活」とは、例えば静かな場所(軽井沢の別荘とか?)で一日中好きな本を読む、とかでしょうか。その生活をするためにはまず別荘と書籍代が必要ですね。それに生活費も。そのお金はどこから出るんでしょうね?少なくとも、その量で幸せが「ある程度」計れるんじゃないでしょうか。それに経済学では「効用」という概念を使って人の行動を考えているので、知らない人が経済学について想像しているのよりも、もっと深く幸せについて考えていますよ。例えば、ジャスティン・ウォルファーズという人がGDPと主観的幸福度の関係を調査したところ、相関が0.8以上だったそうです。
- ボランティアは金儲けにつながりませんが、これは経済学で説明できないのでは?
- んなこた〜ないです。ボランティアをしている人は人が幸せになるのを見て自分が幸せになってる(効用が増える)ってだけですから。それに最近話題のNGOだのNPOだのだって、支援にはお金がかかるのですから経済学と無縁ではいられません。
- 「人の命は地球より重い」のですから、経済学にはなじまないでしょう?
- 医者はお金を取って病気や怪我を治療していますよ。また、あなたは自動車や自転車に乗りますよね。乗らずに家でじっとしていれば交通事故にも遭いませんが、あなたはそうしないでしょう。あなたは移動する何かの理由と引き替えに自分の命を危険にさらしていますよ(他人の命も!)。政府だって人質を取られても「テロには屈しない」とか「自己責任」とか言ってますよ。貨幣は出てきませんが、命と何かを比較・選択しています。「選択」は経済学のメインテーマです。
- 私は合理的じゃないので経済学の教えには当てはまらないようなんですが?
- 何もあなたの行動をきっちり予測しようと言うつもりは全くありません。経済学では人々は「平均的に」どうふるまうかを考えます。かなり多くの部分が合理性によって説明できます。大体、全部完璧に説明しようなんて思わなくていいでしょう。喩えるなら、イチローは4割で首位打者ですよね。みんなすごいと思いますよね。経済学もこんな感じに考えるといいでしょう。
- 企業やお店は需要曲線や供給曲線とは関係なく価格を決めているようですが。
- これは重要なテーマなので2〜3行ではきついですね。別のところで(と言うか何カ所にもわたって)触れることにしましょう。まあ簡単に言うと、自分勝手に価格を決めたら損しますよってことなんですが。
- 経済学を学ぶには数学が必要だって聞いたんですが。私は数学が苦手なので無理でしょうか?
- もちろん、専門として学ぶには数学が必要です。経済学の多くの論文には数式や記号がいっぱいです。公務員試験にも経済学の問題がありますが、それを解くのにも多少の数学が必要でしょう(こちらは高校までのレベルで十分です)。ただ、経済学の本質を学ぶのにはほとんど必要としません。はじめてのことを学ぶのに根気は必要だと思いますが。
経済問題で意見が一致しない理由*3 †
経済学者の間では多くの部分で意見は一致しているが、それでも意見が一致しないことはある。その理由は大体以下のようにまとめられる。
- 現実の認識の違い
- モデルのパラメータがどの程度の値を取るかについての認識のずれなど。例えば、消費税率を1%上げたら消費はどう変化するかとか。実際にやってみればすぐわかるだろうが、実験するわけにはいかない。
- 価値観の違い
- ある2人についてどちらがどれだけ多くの税金を支払うべきか。例えば、所得が多い方が多く支払う、公共サービスを多く利用していたら多く払う、などが考えられるだろう。しかし、どの程度差があるとどれだけ多く支払うべきかは難しい問題だろう。このような「・・・すべき」という問題は「規範的」な問題と言われる。cf.「実証的」
- (少なくとも)片方がインチキ
- もちろん、まともなのとインチキが一致するはずもない。インチキの見分け方としては、例えば以下のようなものがあるだろう(例外もあるかもしれないが)。
- 未来はバラ色だ、あるいはお先真っ暗だ、という類のことを言う。
- 教科書と明らかに違うことを言う。さらに「理論と現実は違う」などと言う。
- ちゃんと定義されていない言葉を多用する。
インチキくさいキーワードの例 †
以下のキーワードが引用以外で出てくるときは、基本的に眉唾で。ちゃんとした専門用語を使うようにしましょう。
- 国の国際競争力
- 国は生産者ではないので、国同士が競争するわけではありません。
- 国債の信認
- 国債の価格が下がることを指して「信認が低下する」と言っているようですが、これも特定のイメージを植えつけるために言っているような気がします。例えば、PCの価格が下がったら、PCが壊れやすくなったり性能が発売時より低下したりするでしょうか?一般の財でこのような表現が使われることはまずありません。また、海外の格付け会社による格付けが下がったときも話題になりますが、彼らの調査を信用するほうが間違っていることでしょう。前回格付けが下がった後にも、何ら変わったことは起こっていません。心配するだけ損です。
- 強い円
- 普通、円高のことを指すと思いますが、「強い」という言葉でいいイメージを植えつけたいのでしょう。円高(円安)にはいいことも悪いこともあります。
- 通貨の信認
- 円安(日本について話す場合。アメリカならドル安)になることを指して「通貨の信認が低下(毀損)する」とか言うようです。信認が低下したと感じたら、私の家の前に捨てていってくれればいいのにw。基本的に円安や円高は相対的な貨幣量の問題です。不況のときに仕事(=金融緩和)が十分でない中央銀行の発行する通貨が信認されてる(=通貨高)なんて、ばかばかしい限りです。また、インフレになることを指す場合もあるようです。2011年現在もデフレですから、この意味では通貨の信認が高まっていることになりますが、不況で多くの国民は幸せじゃありません。幸せにつながらない通貨の信認なんて何が重要なんでしょうね?
インチキの例は時事ネタのページに。
以下、独り言。信認という言葉を使う時、「期待」や「破綻確率」という意味合いを持たせる場合もあるかもしれません。しかし、それなら「期待」や「破綻確率」として何の確率か等明示すべきです(大体、日本やアメリカの破綻とは何を指すのでしょう?国債のデフォルトでしょうか?定義されない限りまともな議論にはなりません)。さらに言えば、この手の話は「不確実性」に属する(リスクと区別された概念としての)ものであって、客観確率・経験確率が定まっているとは到底思えません。理論的には考えられるとしても、政策変数としては使い物にならないでしょう。
破綻確率について言及した日本語のものには、以下があるようです。
上記の元になった論文(英語)。
ただし、この手のシミュレーションの数値をそのまま記事に使う日経新聞(11.6.16 1面)については、正直どうかと思います。
おまけ 経済学あるいは経済学者について †
トマス・カーライル*4
経済学は陰鬱な学問である
アルフレッド・マーシャル
経済学者に必要なのは冷たい頭脳と暖かいハートである
ジョン・メイナード・ケインズ
どのような知的影響とも無縁であると自ら信じている実際家たちも、過去のある経済学者の
奴隷であるのが普通である。権力の座にあって天声を聞くと称する狂人たちも、数年前の
ある三文学者から彼らの気違いじみた考えを引き出しているのである